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中日翻訳通訳 WEB翻訳中国語 in大阪 中国と触れてみよう

中日通訳翻訳とWEB翻訳の勉強を大阪で続けるに当たり折角なので自分の興味のある事翻訳してHPに載せてみました。

WEB翻訳 大阪 中日通訳

今は大阪の通訳の専門学校サイマルアカデミーの通訳専門課卒業を目前に控え大阪中心に通訳・翻訳の仕事を探しております
自身の翻訳における得意分野はWEB翻訳中国語関連ですが,日本で中国の研修生、労働者を沢山雇っているもののその管理に苦労されている
企業の皆様、4年間の北京等での生活の経験も生かしてお役に立てればと存じております等等、メールにてご相談くださいませ
メール  

はじめに:  
9.11の米国同時多発テロ、日朝国交正常化問題など、日本にも影響のある世界的に大きな事件や事柄が多くなってきました
その中で各国そして国内のメディアの一つの事柄に対するそれぞれの報道の内容が余りに違うことに改めて気づきました、
更に日本のメディアでの外国の報道内容という物は、其々の新聞社、テレビ局のアイデンティティに沿った部分
だけを『外国の反応』として伝え(それはそれで仕方ないと思いますが)本当の所はどうなのかよくわからないことが多いのです。
不肖ながら私中国語を少しばかり理解できるようになり、中国のメディアの報道内容も日本やアメリカのそれとは違うことが多く
日本と関係のある事件の記事等、見てると「あ、こういう見方も有るのか」と勉強になる事もあります。
当然、人民日報等の中国の新聞は党機関誌的要素が濃いと思うのですが、最近は改革開放運動の中
インターネット配信等世界に向けて発信している為か、結構みる価値の有る物が多くなっています。

まあ、そんなもんで自分が気になったりした中国の報道等を自分なりに翻訳して皆にも観てもらって何か感じてもらえばと思って
このコーナー作りました。
訳文はなるべく直訳に近いものにしています、有りのままの中国のメディアの主張を少しでも体感して頂ければ幸いです。
なにぶん、通訳、翻訳修行中のため行き届かない所も有ると思いますが、間違い、疑問、苦情ございましたらメールにでも
おくってくださいまし、CHABO BBSでもかまいません、世界に広がるバンドですから、、

★★

東大阪太郎       

とりあえず日中国交正常化30周年という事で 式典での江沢民主席の演説全文訳してみました、ちょっと退屈かも、、、公式な場でのやたら長くて退屈な文章は東アジアの共通の文化なのか?
ちなみに一般に中国語から日本語に翻訳すると文字数が中国語原文の訳1.5倍になります更にうっとうしい?良いこと言ってはるから頑張って読んでみてください

☆今の所文章は3つだけです。☆

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《日中国交正常化30周年友好交流式典上での江沢民国家主席の演説内容全文》

来賓の皆様、友人の皆様:

 今晩、1万3千人余りの日本の友人の皆様が一同に集い、我々と共に中日国交正常化30周年を迎えることができ大変嬉しく思います。
私はここに中国政府と人民を代表し、又個人として今式典の成功を心より祝福したいと思います!そして今回の行事に参加いただいた
日本の友人の皆様を熱烈に歓迎したいと思います!
 今回の行事は2千年にわたる中日友好史上に残る盛挙といえるでしょう、また、日本人民の皆様の中国人民に対する友情、日本各界の対華発展協力への情熱、そして中日の友好は両国人民の心の中の堅固な基礎となっていることを証明したと言えるでしょう。

 中日両国は一衣帯水の隣国であり、深く厚い歴史的文化の根源と広範な共同利益を持っております。長い歳月の中両国はお互いを手本とし、発展してきました。鑑真和尚の6度の遊学(留学)渡航、阿倍仲麻呂が長安で埋骨された等の人口に膾炙している(人々によく知られている)美談は、日中両国で語り伝えられています。

 近代に入り、両国の間で不幸な歴史がありました。日本軍国主義が中国を侵略し中国人民に被害と災難をもたらし、また日本人民も重い代償を払うことになったのです。戦後、日本は戦争を教訓に選んだ平和への道は、日本自身が大きな発展を遂げただけでなく、中日再建と友好発展のため大きな助けにもなったのです。

 国交正常化後30年来、両国関係は目覚しい発展を遂げてまいりました、人々の往来と経済文化交流と協力はまれに見るレベルに達し、政治の上では重要なコンセンサスとリーダーシップの有る原則を形成する事ができました。中日の善隣友好関係の発展は双方に大きな利益をもたらすだけでなく、世界の平和と発展の為にも貢献しました。

 中日交流の歴史を総括し、中日友好の未来を展望してみると、"歴史を以って戒めとし、未来に向かう”。つまり中日関係の歴史の教訓を真摯に汲み取り、前のことを忘れず、以後のことの為の教えとし、中日友好の正しい道を守るということで;"未来に向かう”というのは、中日友好の大局を重んじ、現実を重視し、未来に目を向け中日関係の前進を推し進めようということです。中日両国は子々孫々に渡り友好と平和を保ち、双方の根本利益に適っていかなければならないと思っています。

 希望にあふれたこの21世紀、中日両国は更に仲良くやって行かなければなりません。中日両人民は隣り合って住んでおります、我々は必ず友好関係を強めなければならないと決定しました。両国はこの地域の重要な国家としてアジアの振興の為に協調、協力していかなければなりません。我々はどんな事があっても友好関係を発展させ、協力して行くべきなのです。

 中国政府と人民は日本と安定した友好関係を発展させていきたいと心より願っております。両国の政治家特にリーダーは、歴史的に重要な時期の中、有るべき牽引力を発揮し常に両国友好の方向性を把握し、"中日連合声明(日中共同声明)”等3つの文章の指導の下、信用を深め、協力促進し、両国人民の幸福を以って世界と地域の平和と発展を促進するという責任を負っています。
 
 民間の友好は、中日関係発展の中他に変わるもののない機能を発揮しています。我々は中日友好の為に力を尽くしてきた古くからの友人の事を忘れません、同時により多くの新たな友人がこの中日友好の隊列の中に入ってくる事を歓迎します。両国政府と各界の有識者はそのための条件を継続して創造していかなければなりません、両国人民、特に若い世代の友好交流を力強く推し進め、支持していくべきです。

今回の友好交流行事の成功を祈ります!

中日両国人民の友情が青々とした大きな樹に育つ事を祈ります!

ありがとうございます。

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《新聞分析:小泉首相は何を賭けたのか?》

9月17日小泉首相訪朝についての中国メディアでは珍しい論評です結構辛口です
人民日報などの主要な報道では客観的に伝えている物がほとんどですが
拉致問題について少しも触れられておらず“相互に問題を抱えているが・・・大きな前進”という程度でした

新華社ネット(2002-09-17 11:06:01)

新聞分析:小泉首相は何を賭けたのか?
今日日本国首相小泉氏は平壌に到着し、歴史的な"破氷之旅”が始まった。中国「新聞週刊」が時評「小泉氏は金正日氏にカードを出した、何を賭けたのか」を発刊し、先見性のある評論をした、その中で
今回の小泉氏の訪朝は、アジア極東地区の主導権を握る為で、米国の利益にも合致しているためであると指摘している。全文は以下に、、

 8月30日午後、日本内閣官房副長官福田康夫は小泉首相が9月17日に日帰りで訪朝することを発表した。一日だけとはいえ歴史的な行いに各国メディアの大きな注目を集めた。
 
 今まで正式な国交がなかった朝日両国にとってこれは"ゼロからの突破”であり、特別な歴史的背景と現実を抱いている。まずは朝鮮の方が積極的な態度を見せた。7月以来朝鮮は一方では経済改革の姿勢をみせ、又一方では外交政策を積極的に推し進め、中でも韓国との和解、米国との接触、金正日氏訪露は外交上成功だと見られている。更に韓国の朝日国交正常化に対するはっきりとした態度も日本に影響を与えた。

 次に、金正日の訪露も日本に大きな“刺激”を与えた。プーチン氏と金正日氏の話の中で朝鮮とロシアの間で特にロシア極東地区経済協力を重要な話題の一つとして推し進めていた、その中で朝鮮鉄道とシベリア鉄道をつなぐ新たな路線の敷設案件は双方にとって最も重要な協力事業である。明らかにこれは、ロシアがアジア東北地域の経済協力事業に多大な興味をいだいていることを表しており、また未来のアジア東北経済圏に参入したいという意思表示である。これは日本にとって良いことでもあり、又悪いことでもある。
 
 良い事とは、東北アジア経済協力、及び同経済圏の建設は日本が一貫して心から願っている事であり利益にもなる事である;悪い事とは、日本は以前より、自らが同経済圏の建設を主導的に進めて生きたいという希望を持っており、別の国に主導権を握られたくないと思っているからである。このことは日本に何が何でも朝鮮との協力を早く推し進めさせる原因となっている。
 
 事実、小泉氏は経済協力の案件も重要な位置に置いており、“経済支援”の形で問題を解決しようとしている。

 米国の態度も非常に重要である。表面上は日本の首相が主動的にアメリカに“悪の枢軸”と挙げられた朝鮮に訪問したように見え、アメリカと足並みが揃っていないようであるが、このようなことができたのは、アメリカと朝鮮の関係にまだ余裕があるという背景があるであり、アメリカの黙認なくして、日本はこのようなことはできなかったのだ。此れの前、ラムズフェルト国防長官は、イランと朝鮮に対しイラクの場合のように政権交代までは要求しないと発表している。朝鮮に対し常に強硬な姿勢をとって来たラムズフェルト氏が金正日政権交代の要求をしないと宣言したのは初めてである。

 もっと重要な事は、日本がこのようにできたのは、米国の利益に合致しているからである。アメリカの“政策決定層”から見れば、米国の全地球勢力拡大の挑戦の中でアジアの問題が浮上してくる可能性は非常に高く、アジアを米国の“安全戦略”の焦点に置き、アジア太平洋地域、特にアジア東北
地域の安定を保証する事は、米国の“国家安全”に関わる事である。更にイラク攻撃の準備をしてる今、ブッシュ政権は別の問題を発生させたくないのである。アメリカのシンクバンクも政府と挑戦との対話を積極的に主張し、寛容な政策を採っている。タカ派でさえ今の所朝鮮との接触に拒絶していない。ジョージ・ワシントン大学のウェイクート副教授もある雑誌の中で「タカ派のメンバーは北朝鮮との協力には懸念をいだいているが、彼らと接触する事で手の内を知りたいのだ」と述べている。もし朝鮮が良い反応を見せればなお良し、もし悪い反応を見せれば、以後朝鮮政府を罰する為の条件になるというのだ。そして、アメリカ経済のアジア東北地区市場に対する需要もアメリカの対朝政策の打開点の一つである。
 
 この米国が口ぶりを緩めている状況下、小泉氏は大胆に一歩進む事ができたのだ、もちろん自身の政治苦境から脱するための努力でもある、国内の経済と政局の悪い状況の下、小泉氏の今回の行動は支持を得ることができるだろう、特に彼の対話を以って対抗に替えるという理念は全ての人々が
同意する事であり、日本政府にとってとても難しい朝鮮半島問題を解決するための進歩である。同時に極東アジア各国の歓迎を受けた事も小泉氏にとって一つの外交上の収穫である。

2002年9月17日 中国新聞ネットより、


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日中国交正常化30周年記念公演

(浜崎あゆみ等が参加した日中共同のコンサートの記事です私的にはなんか妙に的を得ているような気がしました。このコンサートに来ていた人の年齢層もあるのでしょうが、
歌唱力が2,3流で舞台演出などが金かけて1流の物よりも歌唱力が3流でもその人自身の魅力を引き出している一昔前のアイドルの方がまだウケるって言う事かな?)

 昨晩、中秋の月の光が夜空を照らしていた。中日の流行ビックスター達の素晴らしい歌にファンの憧れの眼差しが集まった
中日両国国交正常化30周年を記念する為、「日中国交正常化30周年記念公演」“中日携手世紀同行大型歌会”が威風高らかな太鼓(銅鑼)の音が鳴り響く中(←比喩表現)歌手全員が一緒に歌った「宝石心」の歌声が響きわたった、これは今までで最大規模で最高レベルの顔ぶれが揃ったコンサートである。
 
 今回のコンサートは記念と友好というテーマのためでなく、一種の「紅白歌合戦」様相を呈している。零点(メンバー5人中4人が内モンゴル自治区出身のロックバンド、孫楠(SUNNAN )、李?(ココ・リー)は工人体育館(工体)ステージでは
もうなじみである、歌謡界の大物譚咏麟の登場は歌謡曲ファンを喜ばせた、「私のような友達の様に」等のなじみのある曲で彼の独特の歌声が“工体”に鳴り響いた時、もう若くはないファン達の歓声が主旋律となり鳴り響いた;最近人気が出てきた毛?も「涛声依旧」で、観客との距離を縮めようとした。

 ここ数年、外国からやってくる流行音楽が本国で勢いを轟かせる中、日本の音楽業界もこの好機を見逃さなかった
正に「後の雁が先になる」(後から来た者が先のものを追い越すの意味)である、従って登場するメンバーは凄い;"カリスマ”浜崎あゆみは現在日本でもっとも輝いているアーティストである。切前(トリの一つ前の出番)で登場すると、その商業化(豪華な)された舞台衣装、セットとパフォーマンスで観衆を魅了した、しかしながら会場の勢いではその前に出演した李?(ココ・リー)に主役の座を持っていかれた。言葉と熟知されているかという事も関係して日本の歌手で最も歓迎されていたのはやはり数年前中国で一世風靡した青春アイドル酒井法子である。結婚し子供の為に歌謡会からフェード・アウトして長くなるとはいえ、7年経ってまた北京に来た酒井法子には依然として心地良さを覚えた。特に中国語の歌「我只在乎Ni」(貴方だけ)を歌った時等は、まるで時間が其のころに戻ったようで酒井法子と観客共に感激した。
 ところで、昨晩は日本人のファンも大勢来ていた、彼らは大声でアイドルの名前を叫んでいたが、結果中国のファンの言葉の障害を補うことになり、場内をしらけさせるまでには至らなかった。(文:楊文杰)

資料:「北京青年報」 2002年9月23日 編集責任:徐冬梅